友の死
8日夜、久しく連絡のなかった若きダイビング仲間から電話。
「ラッキーさんが危篤だよ」「朝倒れて・・・・、意識がない。今病院からの帰り」
いったいなにが???
されから、3時間後東京の自宅に帰りついた彼から「亡くなった」と知らせが。
Yさんこと「ラッキー」さん。
途中失明され全盲である彼は、私がダイビングを始めて半年ぐらいのときに知り合った。
全盲なのにダイビングをし、海をこよなく愛し、ウクレレを弾き、周囲の方をを楽しませてくれ、パソコンを使いこなしホームページも持っていた。
6年前に肺がんの手術をされ、その治療のかたわら、またダイビングを再開し、沖縄で娘さんとも潜り、その様子はドキュメンタリー番組になりました。
彼と一緒に潜ったのは3回ほどかな。
麻布の高木ぶーさんのお店「ブーズバー」にもつれていってもらった。3度目は私の誕生日で、お店手作りのケーキでお祝いしてくださった。その後新宿の「ケントス」で踊り、ご一緒した埼玉の社長のおうちに泊まって、その次の日、浦和の駅前でラーメン食べて帰ってきたっけ。
東京は娘さんと何度も遊びに来ている彼は、おのぼりさんの私とは違い、「何本目の角を右に曲がって・・・。」とか「地下鉄○○駅で降りて、何番の出口を出てね」とか、とっても詳しい、私は言われるとおり、肩を貸して歩くだけ。・・・・どちらがです。
六本木ヒルズができて間もないころ、ヒルズの中や周囲を歩いたなあ・・・。
数年前娘さんのお誕生日に招かれて、ご兄弟と楽しく過ごした。
三島の駅前の焼肉やさんで娘さんと3人で焼肉食べたっけ。・・・あれも東京の帰りだったな。
ダイビングショップのクリスマスパーティにいつもウクレレもって来てくれた。始発まで、みんなで時間つぶしたことも・・・。
思い出せばきりがない・・・・・・。
でもここ2年ほどあっていなかった。
もっといっぱい話したかったのに・・・。
10日「通夜」に出席した。大分ふっくらとしたその寝顔はとても静かでした。
中三の娘さんが喪主を務められ、挨拶をされる姿は健気で涙が出てきました。
形態に残ったアドレスにTELLしたら、天国までとどくのかしら・・。
「もしもし、ラッキーです。○○?何してたの?元気?」明るい声で帰ってきそうなきがします。
今は娘さんの成長を見守ること、そしてラッキーさんの冥福を祈るばかりです。
。
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コメント
なんと言っていいか・・・
お友達、お気の毒でしたね
でも。
MEIKOさんが、こうしてラッキーさんの事をブログにUPしている・・・
それ自体が、供養になっているんじゃないかと思います。
中三の娘さん・・・
今は、声をかけるのも難しいかもしれない・・・
でも、MEIKOさんをはじめ、周りの人みんなが見守ってくれるでしょう・・・
ラッキーさんのご冥福をお祈りいたします。
投稿: Rei | 2008年12月15日 (月) 14時44分
>Reiさん
ありがとうございます。
娘さんは、とてもしっかりされた子なので、温かく見守りたいと思います。
投稿: MEIKO | 2008年12月16日 (火) 22時36分
検索で探してきました。
彼が逝ったその週末に仲間で集まって食事を
する予定でした。
迎えに行く時間を知らせようと電話しようと
した所別の仲間から訃報を聞いてかなりショックでした。
食事会はこの事を理由に中止したら彼に悪い
と言う意見が多くて決行しました。
投稿: ぬらりひょん | 2008年12月30日 (火) 18時15分
>ぬらりひょん
ご訪問ありがとうございます。
そうですね。
彼もきっと喜んでいたでしょうね。
食事会でも彼のお話が出たでしょうし、それもひとつの供養ですね。
投稿: MEIKO | 2008年12月31日 (水) 09時56分